みんなの転職理由

リーダー保育士が怖くて仕方ありませんでした

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転職理由(30代 女性 東京都)

それまで、わたしはすごく恵まれた環境で保育をしていました。自分の保育の未熟さで嫌になることは多々あっても、フォローしてくれる仲間がいました。そうでなくても、一生懸命保育をすることを認めてもらえました。分かち合い、助け合える関係が作られていました。特に前年度は、初めての地域、初めての以上児担任、久しぶりの大きな保育園で不安でいっぱいでしたが、周りに恵まれて保育士としてやっていくことに自信を持てたところでした。

そんな中、勤務が決まったのは、同じ地域内でもとにかく大変だという保育園でした。私は、前年度の保育園から離れたくない気持ちはありながら、ある程度の自信を持てたところでしたし、念願の年長の担当にやる気でした。

…と、一変したのは、まだ顔合わせ程度の職員全員の集まりのときです。私の担当するお子さんは重度の自閉症で、私は初めて接します。クラス内外、前年度の担任がいるので、「助けをもらいながら―」という挨拶の後です。リーダー保育士が渋い顔をしました。私は自分が安易に助けをもらおうとしているような軽はずみな発言、態度だったかと反省もしたものです。

そうして毎日が始まりましたが、私は担当のお子さんとなかなかうまくいきませんでした。他の保育士には付いていくのです。色々と試しても空回りで、どうにもこうにもいきませんでした。クラスには私の他に3人の保育士がいるので相談して助言も受けましたが、うまくいきません。リーダー保育士の目が怖かったです。そんなとき、変な失敗もして、何もうまくいかない気までしました。事務室から園庭の私と同じ立場の保育士を見ながら非難するリーダー保育士たち上の保育士を見て、怖さは増します。2人で話しているだけで泣けることもありました。職場の飲み会でも目も合わせられません。誰とでも仲良くしていたのが、若い保育士とばかりつるんで文句を言い合うようになりました。私は今までできたことのない首ニキビに悩まされ、ストレスに効く胃腸薬が手離せませんでした。節約家だったのに「私が払うから外食しよう」と夫に頼んで平日に高いものを食べに行くことも増えました。

リーダー保育士は保育園内外でもできる保育士として有名でした。だから、リーダー保育士が休みのときに他の保育士が同じような手順で進めても主任に「なんであんなことしたの」「あんな保育をするなんて実習生か」と言われます。作り物を進めていて周りが褒めても、リーダー保育士に「雑だから全部直して」と言われれば、誰も何も言いません。

次年度、希望の保育園に戻ることができたのは本当に運が良かったです。おかげさまで、リーダー保育士の保育を受け継いで、経験を活かした保育ができました。その経験がなければうまくいかなかったと思います。そして、私はまた引っ越しをしました。終わり良ければ…ですが、もう正直きついですね…。

IT業界から保育士に転職しました

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文学部を卒業して、IT系の会社に入社して、5年間ほどアプリケーション開発などシステム関係の業務に携わる…という保育士とはまったく生活を送っていました。が、残業続きの激務で体調を崩してしまったこと、もっと人と密接にコミュニケーションを取って人の人生に関われる仕事がしたくて、なぜか保育士の資格を取ろうかなと思い始めました。

保育士の資格は、取得しようと思えば通信講座でも取得できます。働きながら通信講座で勉強して、圧倒的に足りない実習部分は友人の子どものベビーシッターを引き受けるなどして、2年かけて(1度不合格になりつつも…)保育士資格を得ることができました。

転職してもう2年になりますが、保育士への転職を後悔したことは一度もありません。なぜなら、思いのほか保育士資格というのはどこでも働ける仕事だからです。少子化といえども、働くお母さんが増えているため、認可保育園、非認可保育園を始め、病院の中の保育所や様々な施設の託児所など働く場所がたくさんあります。このご時世にはありがたいことに、引く手あまたです!

1年前に結婚した主人がいわゆる転勤族で、1年の間に3回も引っ越しをしているのですが、短期のアルバイトという形で臨時の保育士の職を3回とも見つけることができました。お給料が低くても、一応士業なので、手に職があり、転職にはとても強いと思います。今は短期で働いているため育児休暇という制度は使えませんが、すぐに復職できるので安心して子どもを持つこともできます。保育士になって良かったです。

給料も安かったけど何より人間関係が辛かった

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転職理由(20代 女性 兵庫県)

託児所で保育士として勤務していました。最初はアルバイトでしたが給料は750円でした。夜勤は850円と、それほど時給はいいものではありませんでした。

そのうち正社員になりましたが、それでも給料は13万円ほどでした。それでも子どもたちがかわいかったから続けていたのですが、一緒に働いていた保育士の暴言や行動についていけませんでした。

自分の好みで可愛がったり、苦手な子はみなかったりと、引っかかる部分がたくさんありました。2年ほど働いたのですが、自分の保育観とのズレからその職場を退職し、地元の幼稚園へ行くことになりました。

そこでは初めてクラス担任をしました。隣のクラスの先生の様子を見させてもらいながら、クラス運営を進めていきました。私が悩んでいると、相談にのってくださったり、アドバイスをくださったり、保育士、幼稚園教諭はこうあるべきなんだなぁと感じさせられるような先生との出会いでした。

あのまま、託児所で保育を続けていると、自分の保育観が歪んでしまっていたのではないかと思います。そう思うと、そこの子どもたちは、その後どう関わりを持たれたのかが心配になりました。
その後の風の噂で、その託児所は経営者が変わり、保育士も新しく変わったという事を聞きました。

人的環境が安定していると、保育もしやすいし、自分も子どもも伸び伸びと成長していけそうな気がします。転職で、新しい人との出会いが、私に気づかせてくれました。給料は13万円ほどでしたが、今までと比べるとはるかに充実した毎日が送られていたので大満足で仕事をする事ができました。

私のやり方が保護者に理解してもらえなかった

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転職理由(30代 女性 大阪府)

私は保育士になって10年になります。
1年目は4歳児クラスの担任補助でした。覚えることがたくさんあり大変でしたが、毎日が楽しく、このやりがいにすごく満足していました。
2年目は1歳児の担任補助でした。乳児が大好きで保育士を目指した私にとって、1年目よりも楽しく、子どもがかわいくてかわいくて毎日幸せでした。
3年目になり、4歳児クラスの担任となりました。ここから私の人生が変わることになります。

4歳児の子どもたちは保育園にも慣れていて、自分のことがどんどん自分でできる年齢です。
時には見守り、時には手を貸し、私はそんな保育のやり方をしていました。
園長先生にも、いい心掛けだと褒めていただき、自分なりに試行錯誤しながら頑張っていました。

けれど、保護者の中にはそんな私の保育のやり方に不満を持たれる方もいたのです。
保護者会が行われた日「子どもを放任して、子どもをみていない」とある保護者の方に言われてしまいました。

保護者の方にとって、大切な大切な子どもさんをお預かりしているのです。
怪我のないよう、嫌な気持ちのまま自宅に帰らないよう、明日も元気に園に来てもらえるようやってきました。
けれど、私の「時には見守る」という行動が保護者の方には理解してもらえなかったようです。

私はその日から鬱のような状態になり、その園を退職しました。

今現在は少人数保育の園で保育士をしています。
自然がいっぱいで子どもたちも伸び伸びしていて、私も伸び伸び保育士として働かしてもらっています。
子どもたちとの関係だけでなく、保護者の方とも関係を築かないといけません。
正直難しいことですが、私も理解してもらえるよう、保護者の方の意見も聞かせてもらいながら、保育士として成長していきたいです。

派閥争いと保護者との人間関係が辛かった

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転職理由(30代 女性 大阪府)

私は専門学校卒業後、保育士として働き始めました。
転職を決意したのは働き始めて3年目。こんなに辛いことはない、というぐらい辛かったです。

とある保育園の0歳児クラス担当となり、小さい頃からの夢であった保育士さんになれて、働き始めは本当に楽しかったです。
先輩方に怒られても、仕事に慣れていないから怒られて当然だとか、慣れるまでの我慢と思えば辛くはありませんでした。
ママさんたちにも「あら?新しく入った方?」と言われて、にこやかに挨拶したりしたものです。
ところが、入社して2ヶ月ぐらい経って慣れてくると…色んな所に気がつき始めました。

まず、派閥争い。
さすが女の職場といった所でした。
気が強い先輩が二人いたのですが、職場は見事にその二人の派閥争いでした。
片方の派閥の人と普通に話している所を見られでもしたら、「○○さんはあっちの人と仲良くしたいらしいね」とコソコソ言われたりしました。
実際私はどちらの派閥につきたいとも思えず、つかず離れず…という立場だったのですが、それがいけなかったようです。
結果的にはどちらの派閥の人たちからも嫌われてしまい、無視は当たり前、時には私物を隠されたりといった嫌がらせも受けました。
一番辛かったのはミスを全部私のせいにされる事でした。
私がやった仕事ではないのに、○○さん(私)がした仕事ですと言われる事が多く、頑張ってやっていただけに非常に辛かったです。

そしてもう一点が、ママさんたちとの関係。
本当にごく稀ですが、所謂「モンスターペアレント」と定義されても仕方ないと思われる人たちがいます。
そしてその多くがママさんたちでした(パパさんたちとはほぼストレスを感じませんでした)。
自分の子どもだけ特別扱いしろと言われる事も多く(例えばおやつの時間に好物をあげてほしい)、基本的に断るのですがその対応にも充分注意しなければなりませんでした。
言いがかりのような事を言われたりも多く、怪我を園のせいにされる事も多かったです。明らかに休日に怪我をしただろうに、聞く耳なしでした。

上記のような人間関係のトラブルがきっかけで転職を決意しました。
現在は保育園ではなく、とある企業さんに関連する施設内保育をしています。
保育士が少ないことから団結力があり、前職のような派閥争いはありません。
また、企業さんに所属されている親御さんはきちんとした方が殆どで、モンスターペアレントのような方も見受けられず、ストレスなく仕事ができています。
小さい頃からの夢だった保育士の仕事を一旦辞めることはとても不安でしたが、思い切って転職してよかったと思います。

責任ある立場に立ちたかったので転職しました

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転職理由(20代 女性 埼玉県)

私は保育士養成所を卒業後、そのまま新卒で入社した私立保育園から昨年度に転職をしました。
その公立保育園では約5年間働きましたので慣れ親しんだ環境や仲の良かった同僚との別れ、そして園児達と離れるわけなので淋しい気持ちもありました。
しかし、どうしても私には他の保育園に転職して頑張りたい理由がありました。それは、いくら時間がかかっても良いので、自分の頑張りに見合った出世です。
出世と言いましても、「園長になりたい」などの大きなものでは無く、出来れば副主任や何かの責任者的な役職に就きたかったのです。単純に上を目指したかったのです。

何故辞めた保育園でそれを目指し続けなかったかというと、その保育園では経営者が個人で園長はその親族のため、私がいくら実績を出したとしても無理だと分かったからです。
さらに園長先生は会長の息子さん、つまり会長が園長の父親で、主任が園長の奥さん、という感じで基本的に役職になれる職員は会長の親族一同と決まっていたのです。
このことは保育園が開園した当時から変わっていないそうです。

そんなわけで、「このままどんなに頑張って働いていても担任のクラスは変わっても、ずっと下の職員止まりなのか。やはりこれだけ好きな職業ならばいつかは上へいきたい」と、転職に至ったわけです。
現在は今年度(4月)から新しい保育園で働きはじめ、2歳クラスの担任となりました。職員の方達のおかげもあり、かなりスムーズに馴染めたと感じています。
この保育園では、パートさんから入社した職員さんが副主任を務めているという事例がありますので、すぐにとはいかないものの、私が目指したいゴールは間違いなくあります。
何年かかろうとも、頑張り次第で間違いなく見えているゴールです。

何だか長く書いてしまましたが、そんな感じで私は今転職して良かったと思っていますし、以前の保育園で働けたからこそ、今の目標があると感じていますので以前の保育園への感謝は忘れずに頑張りたいと思います。
何にせよ「初心忘れべからず」で、慌てず今目の前にあるお仕事に対して丁寧に向き合っていきたいと思います。
以上、私が以前の保育園から今の保育園へ転職した理由に関してでした。

ピアノが苦手だった私の末路

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転職理由(20代後半 女性 東京都)

派遣型など、複数の職場で働く場合は別として、保育士の職場は狭い世界なので人間関係がこじれたり、うまくいかないときは毎日が地獄かもしれません。
逆にとても人間関係が良好なときは、毎日の勤務が労働しているということを忘れてしまうくらい楽しいものになるかもしれません。

園やあるいは施設での方針は実に特色があります。音楽に力を入れているところ、学習中心で英語に力を入れているところ、運動に力を入れているところ、のびのびと家庭的なところというように、園の中心となる活動が大きく違います。転職の際はこの中心となる活動が果たして自分に合ったものかをしっかりと見極めておかなければ、また短期間で転職を考えなければならなくなってしまいます。

私は早く就職先を決めたいという一心で、ピアノさえもたどたどしい腕前であるのに、音楽系の園からの採用に応じてしまいました。というのも、面接ではピアノを弾ける先生はたくさんいるので、気にしなくても良いという園からの話もありました。そこで安心してしまったわけです。

実際に働き始めてみると、ピアノは弾けるという前提の勤務なので、先輩方からの無言の圧力を感じながら、働かなければなりませんでした。毎日練習してもすぐに上達するものでもないし、ピアノ以外にも数多くの仕事があります。次第に朝は出勤したくないストレスで腹痛が起こるようになりました。

私としては幸いなことに、1年目は臨時の職員として採用され、2年目から正規の職員の予定だったので、正規職員になる前に退職しました。毎日のプレッシャーから開放されたときはほっとしました。
その後しばらくは派遣型の保育士をしながら、いくつかの職場を見ました。自分にはアットホームな園が合っていると結論が出せました。
職安に通い、保育園ではなくとある施設の託児所保育士の募集に応募し、採用されました。
新しい職場では毎日楽しく働くことができました。職員の年齢もバラバラでしたが、保育の方針もみんなで考えていくスタイルで、ひとりひとりの考えが尊重されていたように思います。

生涯働き続けたい職場でしたが、私自身の結婚と出産で退職し、今では残念だったな、と時折後悔しています。
自分に合った職場で生き生きと働く保育士が増えるよう願っています。

女社会にさようなら!産婦人科の託児所の保育士になりました

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転職理由(30代 女性 東京都)

保育園は、最近では多少男性保育士さんが増えてきたとはいえ、基盤は女社会。
女社会の縦関係は結構露骨な言葉が飛び交い合い、壮絶です。
よく大病院に勤める看護士さんが大奥の世界だと聞きますが、私がいたところはまさにそんな感じでした。

また、仕事をされてるお母さんが子供をお迎えに来る時間がいつも予定より遅くて、残業ばかりでした。
文句を言いたいところもありますが、それでお金を頂いているお仕事なので、やんわりと伝えることしかできず、それもストレスとなりました。せっかく夢の保育士になれたんだから、と我慢を続けていたら、顔に大量の吹き出物が出来るようになり、最後はやめることにしました。

次は何の仕事をしようと考えた時、やはり自分には保育しかないと思い、新たに保育士の仕事ができる職場を探しました。新しい職場選びは失敗したくなかったので、すごく慎重に選びました。

悩んだ結果、私が応募したのは個人経営の産婦人科についている託児ルームの保育士です。時間が決まっているので残業がなく、少人数制なので、他の保育士さんと接する機会があまりありません。
その分お給料は減りましたが、産婦人科の先生や看護士さんがとてもいい方で、人間関係に満足しているので、お金も気にならなくなりました。
同じ保育士でも、こんなに環境が違うことに驚いてしまいます。人間関係の重要性を改めて感じています。

転職活動